御曹司のとろ甘な独占愛
第六章 “美しきもの”
 一花は、今日も変わらず出勤していた。薬指には、もう、大切な翡翠はいない。

 あの日からずっと右手の薬指につけていた指輪は、今は純金のアーム部分だけで形成されている。中央の石座が空っぽになり、昨日まで翡翠を留めていた爪が立っている様子は、より虚無感を煽った。

 空っぽの石座から、思い出や願いが風化して溢れ出す。
 それを少しでも長くとどめていたくて、指輪を小瓶に入れて蓋を閉めた。今は鞄の中で安らかに眠っている。

(私は、伯睿を信じたい。信じてる。信じてるけど……)

 あの翡翠が無くなった途端、一花にかかっていた魔法が解けて消えてしまったような気がした。悪い予感、とでも言うのだろうか。

(もしも、婚約の話が本当だとわかったら、……すぐに、退職願を出そう。……伯睿にも、お別れを言わなくちゃ)

 夕飯の時間が近づいてくると、客足も途絶え、店内はガランとしてくる。
 今日の仕事を終えようとしているショーケースには指紋が付着していた。それを丁寧に拭き上げていると、むわりとした夏の空気がフロアに吹き込む。

《ようこそ、貴賓翡翠へ。ご来店ありがとうございます》

 ドアマンの声に促されるように、一花は顔を上る。
 お客様をお出迎えしようとそちらへ体を向けて、目を見開いた。

「――慧様!?」
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