御曹司のとろ甘な独占愛
 ◇

 三月末のある昼下がり。
 山越一花は日本貴賓翡翠東京支社に呼ばれていた。

「春夏コレクションの代表作、どっちも山越さんが売ったんだって?」

 日本貴賓翡翠の社長室に通された一花は、社長デスクの前にある応接用のソファで、まるで原石のように固まっていた。
 初めての社長室にガチガチに緊張しており、「あ、いえ、その……っ」と上手く返事も出来ずにいる。久々に話す英語が、一層しどろもどろさを引き立てていた。

 目の前に座る大柄の快活そうな青年は、白い歯を見せて笑顔で頷いた。

「緊張してる? まあそう硬くなりなさんな!」

 日本貴賓翡翠の支社長、陳宥翔(チェン ヨウシャン)は秘書の男性に向かって片手を挙げ、「とっておきの出してあげて!」と気さくに呼びかけた。

 とっておき? と一花が首を傾げていると、すぐに秘書の男性が来客用のコーヒーカップを一花の前に置いた。ミルクだろうか。白い液体が入っているコーヒーカップからは、シナモンの良い香りがする。

「緊張をほぐすにはこれが一番だって、聞いてな。さあ、どうぞ。ぐいっと飲んで」

「え、っと、はい。いただきます……」

 ひとくち口をつけると、じんわりと体に染み入るような、懐かしい味がした。

(……蜂蜜と、シナモンが入ってる。まるで、伯睿と一緒に飲んでたホットミルクみたい……)

 この味に、体が緩んでいくのがわかる。
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