御曹司のとろ甘な独占愛
 四月、第一週の月曜日。一花の社会人生活も三年目を迎えた。

 一花は自身の勤務する東京本店の店舗へ出社すると、「おはようございます」の挨拶より先に、「ちょっと、ちょっと!」と店長に手招きされた。
 誰もいないバックヤードで、店長が急いでドアを閉める。

「おはようございます、店長。もしかして私、なにか……大きなミスをしていましたか!?」

 一花は店長に挨拶をしたあと、慌てているような店長の様子に青ざめた。

「ううん、そうじゃないのよ。山越さん、突然だけど転勤のお知らせなの」

「え!? 転勤ってことは大阪、神戸、名古屋……? あっ! 福岡ですか?」

 店長がこんなに慌てているということは、本州ではなくて九州だ! と当たりをつけて、店長に続きを促す。

「それが……」

 店長は首を横に振り、ごくりと唾を飲みこんだ。

「本社よ! 台湾の貴賓翡翠本社!!」

「ええええっ!?」

「もーっ羨ましい話だわホント! 海外支店や台湾本店の日本語販売員になりたくて入社した人だって、日本支社には多いんだから! 私だって、結婚するまではそうだったし」

 店長は「夢のまた夢だったけど!」と息も荒く力説した。

 一花は驚きと喜びが混じり合う胸を抑え、大きな目を丸くする。
 先月、日本支社で陳社長から聞いていた海外転勤の話は、もっと遠い将来のことだと思っていたのに。こんなに早く連絡が来るとは思ってもみなかった。

「本当に良かったわね。ということで、これ、預かっているから。台湾本店の販売員として、五月一日から着任になります」

 店長は内示と書かれた封筒を、一花に手渡した。店長は少し不安そうにしている。

「この間、支社に呼ばれてたから、そうかなとは思ってたけど。海外生活は大丈夫そう?」
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