御曹司のとろ甘な独占愛
「翡翠って宝石の?」
「そう、翡翠輝石」

 伯睿は整った二重の瞼をぱっちりと開くと、黒橡色の瞳を輝かせた。

「化学組成NaAlSi2O6、モース硬度は6.5から7、比重は3.25から3.35。Na輝石の一種でイノ珪酸塩鉱物。単斜晶系の石で、これはミャンマー産の硬玉。大好きなんだ」

「へ〜! えっと……?」

 一花は感嘆の一言をあげたあと、続けて首を傾げた。難しいことが多すぎて、頭の上に疑問符が浮かぶ。
 残念ながら、一花がわかったことは、彼の指輪についているのは宝石の翡翠である、ということだけだった。

 伯睿は指輪を外すと、一花の手のひらの上にコロリと転がした。
 翡翠の表面には、今にもとろけてしまいそうな光沢がある。

「それを、夕陽にかざしてみて」

 一花は本物の翡翠に触れた興奮で、上機嫌に指輪を夕陽へかざす。


 夕焼け空の太陽の柔らかくにじむような光が翡翠に集まり、その輪郭を煌めかせた。



 とろりとした夕陽の中で、鮮やかな翡翠色が、内側から透き通っていく。


 ――幻想的な光景だった。



「翡翠が光っているみたい。こんなの、見たことない……!」

 沈みゆく橙色の夕陽がゆらゆらと、指先に持つ指輪を照らしている。



 次第に、指輪の輪郭は、そろりそろりと光の中へ溶け……。

 ……翡翠は、夕陽に飲み込まれていった。



 この自然と翡翠が作り上げた幻想的で美しい情景を、表現する言葉が思いつかない。

 自分の中にある語彙を必死にかき集めたけれど、「綺麗だね」しか感想を表現する言葉が見つからず、一花は残念に思う。
 けれど伯睿はそれ以上の感想を求めず、幸せそうに頷いた。

「“美しきもの”を素直に受けとめる。それだけでいいんだ」

 指先にある幻想に、思いを馳せる。
 夕陽が沈んでしまうまで、翡翠の指輪と光の共演を、静かに楽しむ。
 

 ……最後には、赤と青の美しいグラデーションの夜空が残った。
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