御曹司のとろ甘な独占愛
 残った余韻と静寂の中、一花は注意深く、指輪を返す。


「この指輪は俺が作ったんだ」

 伯睿は、ぽつりと言った。彼の滑らかな頬に、睫毛の影が落ちる。遠い思い出を掘り起こし、それに語りかけているような声音には寂しさがにじむ。

「初めて、原石から翡翠を自分で削って、磨いて……指輪にした」

 けれど粛然とした面持ちには、彼の強い決意を秘めているように見えた。
 伯睿は自分の指に指輪をはめてから、一息つく。そして一花の方を見て、愛おしむように破顔した。

「俺は、ずっと大切にしたいと思ってる」

 翡翠の指輪に言っているのだとわかっているのに、一花は耳まで真っ赤になった。首や頬や耳の内側からの発熱に、瞳が潤んでくるのがわかる。視界まで熱で覆われて、頭がパンクしそうだ。

「……わ、私もあるの! ずっと大切にしたいものっ」

 一花は羞恥心を紛らわすように、日記帳の上から朝顔の花がついている簪を手に取った。和柄布の繊細な模様と、花の細工の組み合わせが美しい。天色の朝顔と蕾が、しゃなりと揺れた。

「朝顔! これは花簪だけど……。今年咲いた朝顔をお手本にして作ったんだよ」

 一花は、どうして自分が朝顔をモチーフにつまみ細工の花簪を作ったのかを伯睿に話した。

 朝顔を育て始めてから、毎年種を採取しながら何年も育て続けていること。今ここにいる間は、その朝顔の世話をお母さんに任せきりにしてしまい、申し訳ないと思っていること。
 そうやって朝顔のことを毎日考えられるように、おばあちゃんに習って花簪を制作したこと。

「じゃあ、いつでも朝顔の命を思い出せるように?」
「うん、そうなの」
「……その気持ち、よくわかるよ。……素敵な作品だね。すごく心があたたまる」

 伯睿はまるで繊細な物に触れるような視線で、朝顔を見つめる。
 彼の大切な宝物を見ているみたいに、伯睿は優しく目を細めて、微笑みを浮かべた。

 一花はへにゃりと照れ笑いを浮かべて――ふと、朝顔の花言葉を思い出した。

(……この時間が終わってしまうまで、あと七日)

 一花は手に持つ朝顔の簪をぎゅうっと胸の前で握りしめ…………大切な思い出とともに日記帳に挟んで、ぱたり、と閉じた。
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