御曹司のとろ甘な独占愛
「……だったら、最初から連絡先なんて、……持っていない方が、いい」

 考えに考えて慎重に吐露した言葉は、音にした途端、無責任感さえ漂って聞こえた。

(違うのに。こういう風に、言いたかったわけじゃない……っ)

 発言を今すぐ取り消してしまいたいのに、夜の空気に溶けきらず、二人の間に漂っている。

「夢みたいな思い出は、綺麗な終わり方の方が、きっと、いいんだよ! ……ほら、お伽話の『いつまでも幸せに暮らしました』、みたいに。……だから、その……」

 一花は慌てて言い直す。伯睿は困ったように眉根を寄せて、笑った。

「…………そっか」

 伯睿は一花から少し離れて、星空を仰ぐ。

「ははっ。参ったな……」

 呟いた言葉とは裏腹に、伯睿は楽しいことでも見つけたみたいに、優しく、見惚れるような表情で、一花の頬を両手で包んだ。

「俺のお姫様は、どうやらかなりのロマンチストだったらしい」
「……どういう意味?」

 一花は頬を膨らませる。

「じゃあ、代わりにこれを」

 伯睿は自分の指から翡翠の指輪を抜きとると、一花の右手を取り、薬指にそっと滑らせた。
 一花は驚いて目を丸くする。彼女の薬指には今は大きすぎる、とろけるような翡翠の指輪が輝いた。

「これは俺にとって、命と同じくらい大事な翡翠なんだ。一花に、持っていてほしい」
「……そんな! 私、受けとれないよっ!」
「ダメ。これはもう、きみの指輪になったから。……できたら、大切にして」

 伯睿は一花の肩に、そうっと手を添える。

「俺のこと……忘れないで」

 まるで眩しい光を見ているかのように、柔らかく、切ない笑みを浮かべた。

 群青色の空から煌めく星屑が降ってきそうなこの庭で、二人は小指を絡ませる。そして心の中で、呟いた。――もし、あなたが忘れてしまっても。自分だけは、今この瞬間に永遠を誓うと……。
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