御曹司のとろ甘な独占愛
 辛子色の小さな車が、パーカー家のガレージから発車する。
 だんだん遠く、遠く、小さくなって、……とうとう見えなくなった。

(……俺は、最後まで笑顔で見送れただろうか)

 伯睿の心には、ぽっかり大きな穴が開いたようだった。
 涙をこぼさないようにしていた顔は、歪な笑顔のまま固まっているような気がする。

 結局なにも告げないまま、この日を迎えてしまった。

 彼女の将来の邪魔をしちゃいけないと思っているのに。一花のことを想えば想うほど、「きみが好きだ」と――ただ一言、そう告げたかった。

 こんな無力な子供が、将来の約束なんて無責任なことをすべきじゃない。
 それは痛いほどわかっている。……だから。

(あの指輪に、「いつか遠い未来で、運命が二人を再び結びつけてくれますように」と俺が願ったことを、どうか許してほしい)

 想いを告げない代わりに、『一粒の翡翠』に全てを託した。


 車が出て行った先を未だ祈るように見つめる伯睿の肩へ、彼の心へ寄り添うように、マーガレットはそっと手を添える。

「……私の名前って、マーガレットじゃない? だからかしら。子供の頃からずっと花言葉が大好きなの。けれどね、朝顔の花言葉は知らなくって。イチカが教えてくれたのよ」

 自分の息子へそうするように、愛情をこめて、伯睿の髪を撫ぜた。

「朝顔の花言葉はね。あふれる喜び、固い絆。そして……『儚い恋』」

 その言葉を聞いた瞬間、伯睿の心臓がきゅうっと掴まれた。ぼろぼろと溢れる涙が止まらない。


「……素敵ね、ハクエイ」

「……はい……っ!」


 伯睿は一花からもらった朝顔の簪を、苦しくて仕方がない胸に当てる。 
 顔をくしゃくしゃにして、必死にしゃっくりを堪えながら、……大切な女の子のことを想って、涙を流した。


 ……もしも願いが叶うなら。

(俺は、色鮮やかなあの儚い初恋を――今度は絶対に離さない)
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