御曹司のとろ甘な独占愛
 伯睿の中国語の名前は両親から、日本語の名前は祖父母から名付けられた。
 だから留学をする時には、父への反抗心でハクエイの名前を使って語学学校へ申し込んだ。どちらも大切な名前に変わりはないけれど、些細な意地があったのだ。

 きっと一花は、彼女の薬指で輝く翡翠の指輪の裏に、全ての答えが隠されていたことに気がつかなかったのだろう。そして、翡翠を追って伯睿の元に辿り着くようにと、幼きあの日に仕組んだ――十五年越しの策略にも。

「そんな抜けてるところも、一花らしくて可愛いですが」

 今ではこの名前で呼んでくれる人は、一花だけになった。だから、一花の前ではずっと『ハクエイ』でありたい。
 となりで未だパニック状態の彼女を、伯睿は愛おしげに眺めた。


「さて、そろそろ時間だ。……ここでも、きみの夢は叶えられそうですか?」

「もちろんです! 今日も翡翠とお客様にとって、幸せな未来が訪れるように願いながら仕事に励みます! そして、翡翠と出会う瞬間の感動をお伝えできるように頑張ります!」

 一花はグッと拳を握って気合を入れ直し、カウンターショーケースの前に立つ。

「良かった。……じゃあ俺は上に行きます。何かあったら呼んでください」

 気合十分な一花の頭に、ぽんぽんと手を乗せて伯睿は微笑む。


 本店の人々に挨拶をしながらフロアから出て行く伯睿は、出入り口の前で一旦立ち止まると、一花の方を振り返る。

 そしてとっても幸せそうに、甘く密やかに一花へ手を振った。
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