妄想は甘くない

「私、どうしても外せない用事があって、残業出来ないんだけど~……」

何を白々しい、と一瞬眼鏡の奥の目を光らせたものの、すぐに笑顔を繕ってやると、先輩の表情は華やいだ。

「ごめんね~」
「いいえ」

彼女はここぞという勝負の日には決まって、デパ地下スイーツもとい賄賂を周到に準備して来ている。
無論、頂き物だなんて真っ赤な嘘。
“どうしても外せない用事”がコンパ或いは婚活パーティーであることは、とうに理解している。

見え透いた言い訳を暴こうと思えば出来るものの、敢えてそうしないのは、人間関係を円滑に回して行く為だ。
これしきのズルを取り沙汰したところで、余計面倒な事態を招くのは目に見えている。
それならば、わたしが少しばかり残業をして自分で処理する方が楽だし、先輩の機嫌も損ねない。
このデパ地下スイーツを美味しく頂戴しておく方が、余程有意義だ。

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