妄想は甘くない
未だ受けた衝撃から立ち直れぬままに、今週も業務が開始されていた。
下期に入り何名かの人事異動があってから10日程が過ぎ、多少気忙しさが続いている。
向かいの電話機が内線を知らせ、点滅するランプが目に入ったが、席の主は姿を消していた。
一度辺りを眺め回してから、自席で電話を受ける。
「関根席、代理応答です」
返って来た低い声に、反射的に心臓が鳴る。
『営業部の大神です』
「……お疲れ様です、宇佐美です。すみません……ちょっと今、居ないみたいで。折り返しましょうか」
途端大きく脈打ち始めた心臓に、己の未練がましさを呆れながらも、声に滲まないよう注意を払った。
自分から突き放しておいて、なんて身勝手な心だと我ながら情けなかった。
『立て込んでらっしゃるんですか?』
「いえ、席外しなんで……すぐ戻ると思いますけど」
確か先程まで自席で淡々とディスプレイに向かっていて、特に誰かと話している様子もなかったはずだと思い起こす。
『そうですか』
ただ代わりに受けた電話で、何の色気もない業務連絡にもかかわらず、声が聞けて高鳴った胸を自覚してしまう。
締め付けられる思いで次の言葉を待っていると、妙な間が空いた。
『……わかりました。また連絡します』