妄想は甘くない
女だらけの顧客管理部の取り留めもない1日も終わりを迎え、ひとりエレベーターへと乗り込む。
残業を終えた疲労感から知らず知らず溜息が吐き出され、背後にもたれ掛かり瞼を閉じていた。
地階へと到着し扉が開くと同時に、肌寒さを感じ両腕を抱えた。
冷夏が続いた今年は、9月に入ったばかりだというのに既に空気は随分と秋めいている。
地下鉄へと直結する通路が濡れているのが目に付くと、遠目に見える帰路を急ぐ人々の傘から滴る雨水に、不意にあの出来事が思い起こされた。
大神さんとわたしが唯一関わりを持ったあの時──
数ヶ月前のあの日も、同じように雨が降っていた。
年に何度か敢行される土曜出勤だったその日、わたしは弁当の用意を怠り昼食を買いに外へ出た。
その間に通り雨に降られてしまい、制服を濡らしたわたしはやむなく地下の女子更衣室へ直行することにした。
休憩中の為眼鏡は取り払っていたが、いつも低い位置でおだんごに纏めている髪も後で整え直そうと、階段を下りながらひとまず解いた。
エレベーターホールを通り過ぎようとしたところ、そこに佇んでいたのが彼だった。