妄想は甘くない
王子の実態
──静まり返った終業後のオフィスで、ふたりの話し声だけが響いている。
先程までお客様へ電話していた大城さんの、ビジネスマンの顔とは打って変わって、妙に艶っぽい面持ちに伺えた。
その色香漂う視線に捕らわれたように、ぞくりと背筋に熱が走る。
動けないまま目を離せずにいるうちに、気付けばパーソナルスペースなどあったものでないくらいの間近に彼が迫っていた。
『大城さ……!?』
『せっかく同じ担当になったんだからさ……今の間はひとり占めしても良いよね?』
にやりと口の端を歪めた彼の瞳に、絡め取られてしまう──
「……さん。宇佐美さん!」
「……はいぃっ!?」
突然の呼び掛けに驚いて顔を振り上げると、目の前に倉橋先輩が仁王立ちしていた。
「えっ、何びっくりした。ちょっと資料室行って来ますんで」
「あ、はい……」
びっくりしたのはこっちだと眉根を寄せ、資料室と言いつつ長い休憩を取るのであろう彼女の、今日も巻き髪の揺れる後ろ姿を見送る。
いけない、わたしとしたことが……倉橋先輩に妄想姿を晒してしまったではないか。
締まりのない顔をしていなかったかしら、と冷や汗を流しつつ、頬を指先で解し面構えを引き締めた。