妄想は甘くない
するとシンクロでも起こったのか、唐突に内線が鳴り響いた。
とは言え、まさか大神さんのはずはないだろうと何の気なしに受話器を掴む。
「宇佐美です」
『お疲れ様です。営業部の大神です』
耳に届いた声に目を見開いたが、飛び上がりそうな心臓と悲鳴は咄嗟に我慢した。
「……っ、はい。お疲れ様です」
どうにか気持ちを落ち着かせなければと、文字通り心臓の辺りを押さえながら応対する。
手に汗握りそうな程に電話を持つ左手に力が篭った。
『富永《とみなが》商会様の請求書の再発行をお願いしたいんですが、かなり急を要してらっしゃるようで。定時までに出来ないでしょうか』
時計へ視線を走らせると、時刻は定時である17時半まで40分を切っているが、システムから印刷して押印するだけなら余裕がある。
ディスプレイを見つめ暫し頭の中を整理していると、急をなす要請にすぐに頭が仕事モードに切り替わった。
「大丈夫です。すぐに作成してお持ちしますね」
『いえ、こちらの頼み事ですので取りに伺います。よろしくお願いします』
「え、ちょっ……」
大神さんは丁寧にこちらの申し出を断ると、有無を言わさず通話を切ってしまった。