妄想は甘くない
定時10分前、そろそろ大神さんがやって来るかもしれないと思うと、落ち着きなく時計と周囲へ交互に目を配っていた。
いずれその時が来るのかもしれないが、女だらけの顧客管理部に王子様が訪ねて来たとあっては、皆色めき立ってしまう。
ただ請求書を渡すだけのことに警戒し過ぎだとは承知しているし、リーダーとして混乱を避けたいなんて上っ面の言い訳だ。
目立たずひっそりと過したいわたしにとって、王子様と関わることで目立ってしまうのが耐え難く、悪あがきでも阻止したかった。
今のうちに廊下へ出てしまおうと立ち上がったその時、キョロキョロと辺りを見回しつつ近付いて来る男性が遠目に伺えた。
そういえば大神さんはわたしの顔を知らないのでは……こっちは穴が空きそうな程見つめてますが!
此処でわたしが近寄って行ったからと言って、人を捜している風だから然程不審がられることもないだろう。
「大神さん」
「あ。……宇佐美さんですか?」
「あの、良かったらこちらに」
小走りながらも出来るだけ忍び足で、さっと彼へ近付き、自然の成り行きを装ってパーテーションの向こうへと促した。