妄想は甘くない
これで同僚の目撃は避けられたかはわからないが、最低限には抑えられたはずだ。
ほっと息をつくも束の間、頭を上げると端正な顔が目に飛び込んで来た。
大きくも艶っぽい瞳と視線がぶつかり、途端に心臓が早鐘を打ち始める。
間仕切りの中とはいえ、ふたりきりという状況に、唐突にフロア内の音が消え、纏わり付くような緊張を覚えた。
先程までは皆の視線を掻い潜るのに必死でそれどころではなかったが、今わたし、こんな至近距離で大神さんと対峙している!
「……あ、えーとっ。すみませんっ! こんな所まで来て頂いて! こちらです」
「いえ、このまま外出するんで大丈夫です。さすが、仕事が早いですね! 助かります」
引き攣りそうな声を抑えしどろもどろ言葉を搾り出し、請求書の入った封筒をおずおずと差し出すと、いつも通りの爽快さで気遣いを見せてくれる。
今はわたしだけに向けられた笑顔だと思うと、嫌でも胸が高鳴ってしまった。
「あ、そうだ」
用が済めば去ってしまうと思われた彼が、思い出したようにポケットを探った。