妄想は甘くない

信じ難い光景に呆気に取られてしまい、開いた口が塞がらなかった。

「……はっ!? 何してんですか!? 此処、女子更衣室ですけど!」
「誰も居ないなら問題ないでしょう。それとも俺と口論してるとこ誰かに見られたい?」

「……だからって……」
「こうでもしないと、ずっと逃げ回ってるんでしょ?」

確かに業務に支障を来す可能性もある現状に、返す言葉もなく、ぐっと声を詰まらせた。
どうも電気が灯っていないのを確認されていたらしく、横目で鋭い視線を投げられると、びくりと肩が跳ね心音がボリュームを上げる。
こんな所から出て来るのを目撃される方がまずいのでは、とも頭を掠めたが、この人なら切り抜ける術を備えているのかもしれない。

片手を腰に充てがった彼が、ふうと息を吐き長い睫毛が伏せられる。
仄暗い室内で、目の前の綺麗な顔が不気味に浮かび上がって来た。
こんな時でも美しい姿に、さりとて彼は王子様なのだと思い知らされる。
その崇高な肩書きにそぐわぬ愚行を働くこの男が。

とは言え、わたしが怒りを覚えるのは筋違いだ。
向き直った前の人を懐疑的な目で見上げつつも、腹を括った。
この人が気を悪くするのはもっともで、許可もなく人をネタに小説など書いている方が卑怯なのだ。

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