妄想は甘くない
早めに業務は終了したものの、疲労困憊で誰も居ない部屋へと帰り着き、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。
アパートの前を走り去る車の音が微かに響く中、週明けからどうして彼と応対すれば良いのかぼんやりと思案に耽ったが、見当も付かず途方に暮れる。
虚ろな目で壁を見つめていると、図らずも白昼の事件が蘇り、見る間に熱くなった顔や首筋を自覚して掌を充てがう。
頭から追い出すべくきつく瞼を閉じたが、抑えようとすればする程、意志に反して彼の息遣いや触れた指の感触がリアルに呼び覚まされてしまう。
「…………」
再び全身を纏わり付く震えるような緊張感と、内側に灯った熱を嫌でも感じてしまい、居たたまれず布団を握り締めた。
自分が酷くはしたなくなったようで、こんなことを気兼ねなく相談出来るような友人も居ない。
落ち込んだ際は執筆に没頭し気を晴らすのが常であったが、大神さんに脅されたあの日からとてもそんな気にはなれず、更新もストップしてしまった。
『いいよ。小説、書いても』
いくら本人に許可を得たからと言って、そこまでの図太い神経は持ち合わせてはいなかった。