妄想は甘くない
「今日、下ろして来てくれたんですね。思った通り、似合ってます。綺麗だ」
「……綺麗!?」
「宇佐美さんは、綺麗ですよ。肌も透き通るみたいに白いし、髪もふわふわで」
「……よくそんな歯の浮くような台詞を……」
べた褒めを躱そうと、ドリンク選びに集中している振りをする。
張り切ってハーフアップにして来た甲斐があったというものだが、そうでもしていないと頭が回らなくなってしまいそうだった。
「王子様になろうかなって」
「……え」
「“王子様”なんじゃなかったっけ? 俺」
瞼を伏せた平然とした顔から聞き捨てならない発言が返って来て、メニューを繰っていた手元も停止してしまい、唖然とする。
知ってるんだ、この子……。
自分の客観的評価を全て把握してこの振る舞い!?
悪い人だと疑いの眼差しを送りながらも、弧を描いた綺麗な唇に、細められた艶っぽい目元に、惑わされても良いような心持ちになって来る。
お世辞でも嬉しく、この腹黒王子様に翻弄されて、曲がりなりにも29歳リップバージンは免れたことに感謝をしたいと思わされる。