妄想は甘くない

16時半ば頃、斜め前の席の倉橋《くらはし》先輩が気合いの入った巻き髪を揺らしつつおもむろに向かって来たかと思うと、わたしの顔を覗き込むように微笑んだ。

「宇佐美さん。これ、頂き物なんだけど家に沢山あるからお裾分け♡」

そろそろと近寄って来た横手から、キラキラ華やかな、いかにも女子ウケしそうなパッケージのお菓子が置かれた。
これはこれは、わたしでも連日行列が出来ているのを知っている、デパ地下スイーツの新店の看板商品ではないか。

「……あ、これ食べてみたかったんです。ありがとうございます」

偽りない本音ではあるが、彼女の言葉を素直に受け取ったとも言い難い返事を述べた。
先輩の必殺デパ地下スイーツ攻撃は、決まって残業の気配が漂い始める16時台に繰り出される。
そうして終業も近付く17時過ぎに頃合いを見計らい、告げるのだ。

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