軍人皇帝はけがれなき聖女を甘く攫う


「ふうっ、もう少し……」


 降り積もった雪のような砂に足をとられながら、募る焦りに息を切らして前へ進む。


 ふと雲が風に流されて、月が顔を出した瞬間――。


「そんなっ」


 セレアは息を呑んだ。


 月が照らしたのは血の気の失せた青白い肌に、紫がかった艶やかな黒髪。かきあげられた前髪は海水でピトリと額に張りつき、そこからのぞく双眼も固く閉じられている。


 神話から抜け出してきた英雄のように凛々しく美しい容姿が、月光を浴びてさらに生気を感じさせない。霊験あらたかな存在を前にしているようで、この世の者とは思えなかった。


(死んでいるの……?)


 口元をおさえて、ゆっくりと男の前に膝をついた。その拍子にドレスの裾が海水に浸かったが、セレアはそれどころじゃなかった。

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