鬼の生き様
序章
━━明治二年(1869年)七月。
武蔵国多摩郡日野宿。
太陽が照り付け、陽射しに暖められ陽炎が立ち上っている夏の暑い日。
佐藤ノブは暑さを掻き消すため、庭先を打ち水していた。
「母上、何をしているの?」
たどたどしい言葉を喋りながら、ノブに話しかけたのは三女のトモである。
年の頃なら五つ程であろう。
好奇心が旺盛なトモには、打ち水や人が何かをしていると目新しく物事が映るもので、興味津々でノブの打ち水を見ていた。
「柄杓でやらずに、水桶でザバーっとやっちゃえば良いのにぃ」
時折、トモはそんな事を言いながら、ノブと片時も離れようとしない。
「あまり多くのお水を撒いても、蒸発しにくくて涼しくならないのよ」
ノブはそう丁寧に説明をするも、トモは興味無さげにふーんと呟き、再びノブの周りを退屈そうに歩き始めた。
そうすると突然、トモは足を止めた。
何か気配を感じたのか、トモは草間の陰に人影がある事に気がついた。
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