鬼の生き様
しばらく無言の時間が進んだ。
目と目を合わせあい、ただ何も言わずに長い時間。
「旗本(はたもと)を斬った」
空白を切り裂いたのは、山口からであった。
幕府に直接仕える家来を、旗本と御家人(ごけにん)という。
旗本と御家人の違いは、旗本は将軍に拝謁出来るが、御家人にはその資格がない。
山口は、その幕臣を斬ってしまい、昨夜から奉行所の役人に追われているらしい。
「…何故」
「小石川関口の飲み屋で呑んでいたら、酔っ払っている旗本が居た。
そいつは店の女に乱暴をした」
「それで斬ったのか」
旗本や御家人は、将軍の家来として威張っている者が多く、運悪く出くわしたのは、そういった者の一人であったらしい。
「初めは諭すつもりだったが、泥酔していた旗本は、刀を抜いて斬りかかってきたんだ」
腕を斬られ、頭に血が上った山口は気が付けば一刀両断、山口の居合で旗本は血煙をあげて斃れた。
「江戸には土方さんしか頼る相手がいない」
「前にも聞いたセリフだな」
確かに、そう山口は言うと思わず歳三は噴き出した。
「…そういえばあの時の山南って男を覚えているかい?」
歳三はふと思い出したかのように、山口に言った。
義理堅い山口が忘れるはずがない。
「今、その山南さんもここの門人だ」
合縁奇縁とはまさにこの事だろう。
山口は表情をあまり変えないが、その時ばかりは驚いた表情を浮かべた。
しばらくするとドタバタと慌ただしい足音が廊下を右往左往としていた。
(うるせえな)
歳三は客間の前で止まった足音の人物を予想していた。
(総司と左之助あたりが遊んでいるのか?)
襖は勢いよく開かれるが、その暴れ音の正体は永倉と山南であった。
いつも冷静沈着な二人が、ここまで慌てながら駆け回っているのは珍しい。