鬼の生き様
それぞれの想い
__深川中川町に藤堂平助は居た。
浪士組上洛の話を聞いてから、江戸の姿の見え方が変わった気がする。
今まで当たり前のように通ってきたこの道も、元気よく駆け回っている子供達、痩せ細った野良犬でさえも、なんとなく懐かしいような想いに馳せられる。
ここに来た理由は一つである。
試衛館の食客となる前に、ここにある北辰一刀流の伊東道場に通っていた。
京へ行く前に挨拶回りでやって来たのだ。
「藤堂くん。久方ぶりだが、試衛館とやらの暮らしには慣れたのかい?」
道場主の伊東大蔵は艶かしい表情で微笑んだ。
歳三にも引けを取らない美男子で、目元が涼しく、背が高くてすらりとしており、黒縮緬の羽織を着用した姿は役者のような男ぶりだ。
「お陰様で良い勉強をさせて頂いています。
この度、京に上洛することとなりました」
「おや、京に?」
「えぇ。浪士組という幕府が募集している武者集団に入り公方様(くぼうさま)をお守りするのです」
「浪士組の噂は聞いていましたが、まさか藤堂くんも参加するとは」
浪士組の回状は当然、伊東道場にも回ってきていた。
「今や天誅の嵐で、天子様も公方様も心休まる暇がないでしょう。
藤堂くん、君は伊東道場の誇りだ。
存分に尽忠報国の為に働いてきなさい」
平助は深く頷いた。
伊東は門人の加納道之助に目を配った。
加納は察したように席を離れると、しばらくしてから袱紗を用意して戻ってきた。
それを伊東に渡すと、平助に袱紗を渡した。
「本来ならば、君と共に京の都で剣を振るいたかったが、私は道場主だ。
運命というのは時に残酷なものだ。
参加できぬ事が実に口惜しいが、これは餞別ということで取っておきたまえ」
袱紗はずっしりと重みを帯びていたが、平助は戸惑った様子を見せたものの、ありがたく頂戴した。