鬼の生き様
坪内主馬道場に訪れた時も市川と共にであった。
「島田は相変わらず物覚えが良いな」
市川は一度しか来ていない。
そしてその時は市川は体調が悪く、試合ったわけでもなく、ただの付添人のように見ていただけである。
「俺ァ、頭が悪いから、なるべくの事ァ覚えていようと思ってましてね」
試衛館に身を預ける事になると、もっと様々な道場で修行がしたいと市川は言い、袂を分かったのだ。
「今から宇八郎の家に行ってくる。
坪内さん、島田の事をくれぐれも宜しく頼みます」
「あぁ、永倉くんも京で達者にやるんだぞ」
永倉は坪内主馬道場を出て、親友の市川宇八郎を訪ねた。
飯田町から下谷三味線堀までは案外近く小半時(30分)で行ける。
「新八じゃねえか」
「久しぶりだな、宇八郎」
元気にやっているようで安心した。
久しぶりに会っても昔と変わらず、やれどこで修行しただの、試衛館の誰某がだの他愛のない話で盛り上がった。
そして浪士組の話になった。
「行ってこい新八。
お前にとって最高な武者修行じゃねえか」
「宇八郎が江戸に残るなら両親も安心だ。
くれぐれも両親の事を任せる」
「新八は公方様を、俺はお前の両親を。
安心して天に名を馳せてこい」
市川は同藩という事で家族ぐるみで仲良かった。
市川の両親は既にいなく、永倉の両親は親代わりのようなものであったのだ。
「餞別だ」
そう言い二両をポンと渡した。
粋な計らいで永倉の胸が熱くなった。
暮らしは決して楽ではない事は分かっている。
「お前が有名になったら、俺の名前も売ってくれ」
市川は白い歯を見せて笑い、それを見て永倉も頷いた。
その晩二人は呑み明かし、語り尽くした。