鬼の生き様
清河はその逃亡生活中に尊皇攘夷から勤皇の過激な尊攘思想へと変わっていた。
浪士を募集するにあたっての急務三策の一つで大赦が掲げられたが、これは池田徳太郎等を助け出すべく案であった。
その無二の親友である池田徳太郎は、中山道で行く事を渋っている。
「池田くん、どうしたのかね?」
「皆はいいよ。
でも、俺の役目を忘れちゃいねえか?」
「道中先番宿割」
そうだよ、と池田は頷いた。
よく見ると池田の顔は疲れ果てていた。
「普通、東海道で行くと思うじゃねえか。
俺ァ、円滑に上洛が進むように昨日は眠らずに東海道で宿割の予定を組んでいたんだよ」
意気消沈としていた。
二三四名分もの宿を探すのだって、一苦労だ。
「佐々木さんと一緒にやればよかったのに」
清河はそう言った。
佐々木といっても、佐々木只三郎の事ではない。
「冗談じゃないよ!
佐々木のじいさんじゃ、宿割する前に自分が疲れ果てて一人分埋まっちまう」
佐々木如水(にょすい)というもう一人の道中先番宿割の役目についている男がいたが、如水はこの時すでに六十二歳と高齢であった。
「たしかに佐々木殿では不安だなぁ」
清河は考えるようにそう言うが、どうも歯切れが悪いように佐々木只三郎が口を開いた。
「しかし如水さんは老体かもしれんが、昔は文武両道に優れていた御仁ではないか。
そのような方に寄ってたかって“佐々木、佐々木”と罵るのはよくない」
同姓である佐々木という名前を強調しながら、只三郎はそう言うと、清河は小馬鹿にするように少し冷笑を浮かべながら、
「これは失敬、たしかに“佐々木”さんの前で“佐々木”さんの悪口を言うのは無粋だった。
如水さんと呼び直そうか」
と言うと、只三郎は打って変わってそれで良しという顔をした。
「それにしても佐々…、如水さんと池田くんでは宿割も大変でしょう。
他に適任はいないのかね?」
山岡は本題に戻した。
池田もそれに頷いた、前夜に予め予定を東海道で組んでいたが、紙面で見て決めるだけでも猫の手でも借りたいのが本音である。