鬼の生き様
「そういえば、あの生意気な田舎者…」
清河は思い出したように言った。
「田舎者?」
「あぁ。先日、私に直々に声をかけてきた男がいた」
「誰です?」
「たしか天然なんとか流の…」
清河は二十六歳のとき、母をつれての伊勢参りの旅で、母の老後の楽しみにと書きつづった旅の記録『西遊草』を半年の間、一日も休まず筆記したという記録癖がある。
さらに自分の誕生の時までさかのぼって日記を書いたり、『潜中紀略』など、逃亡生活をしながら全国に志士を求めて旅していた時の記録は二部ずつ残している程だが、嫌いな相手の事はどうも忘れっぽいらしい。
思い出せないように唸る清河を見て、山岡は
「天然理心流?」
と聞いた。
「あぁ、たしか天然理心流といえば市谷の甲良屋敷にある試衛館という道場だ」
思い出したように佐々木はそう言い、手を叩くと続けた。
「そこの道場主の近藤勇とやらが以前、講武所剣術師範方を受けてきたな」
佐々木も講武所で剣術師範を務めていた。
「しかし、近藤さんは生意気そうな人物ではなかったが」
山岡はそう言うと、清河は唾を吐くように「その金魚の糞が生意気なのだ」と言った。
金魚の糞で思い付くのは山岡邸に来ていた懐刀の土方歳三だ、とすぐに検討がついた。
「その近藤とやらに、道中先番宿割を申し付けよう」
清河はそう言いニタリと笑った。
「池田くん、君は昨夜寝ていないこともあって疲れただろう。
今夜はゆっくり休んで、如水さんと近藤に任せれば良い」
「助かるが、初日にそれは酷だろう」
勇に非はない事は清河も分かっていたが、歳三の態度に何か反抗できぬものか考えていたが、勇に少しだけ苦労をかける事で無しにしようとしたのだ。