鬼の生き様
清河の笑みの裏に潜んでいる策士のような目に、歳三は厭な感じを受けた。
清河は続々と浪士達が血判を押すのを見て、手元に血判状が戻ってきた時に、ふと池田徳太郎を見た。
虎尾の会からの同志、池田の血判が押されていない。
「池田くん、血判はどうしたのかね?」
「いやぁ、母上の容態が思わしくないのだ」
「国の為に身命を賭して働こうと誓い合った仲ではないか」
清河はそう言うと、温厚な池田は立ち上がった。
「清河さん、たしかに俺達は同志だと信じてきた!
しかしこういうやり方はよくない。
君に連判を強要する権利などないのだろう」
池田はそう言うと、勇も頷いていた。
「強要は確かによくはない。
しかし将軍様の警固がこうして出来るというのは実に誇らしい事だ」
この声は試衛館一同のみに聞こえるような声で言い、それに源三郎は頷いていた。
天領の地で生まれたがゆえ、多摩の百姓の自分達がこうして京の都に居るという事でさえも、念願の夢への第一歩である。
池田は清河が許せなかった。
清河のためにと、連座して一年間も獄中で苦しみながらも、同じく連座して獄中にあった清河の妻のお蓮と弟の熊三郎を金策し助けてきた。
大赦後も浪士募集のために武蔵、上州、甲州、房州、総州、常陸と遊説して回っていたのだ。
生死を共に誓った自分に、このような上書を草(そう)していたことを打ち明けてくれなかった清河に憤怒したのである。
清河は池田の表情にうっすらと殺気すら感じ取った。
「…そうか、帰りたまえ。去る者は追わぬ」
と悲しく静かに言った。
思い通りにならねば癇癪を起こすような短気な清河だ。
しかし同志で気心の知れた池田を強要しようとはしなかった。
池田は「君の首も細くなったな…。過信になりすぎたら自分の首を絞めてしまうんだぞ」と言い残し立ち去った。
脱退の理由に母の病気を挙げたのは、長年同胞としてわが身を捧げてきた清河への配慮であろうと清河は分かっていた。
池田以外の血判も整い、浪士達は宿舎へと戻って行った。