鬼の生き様

 壬生浪士組の取次役として会津藩公用方の広沢富次郎(ひろさわとみじろう)から伝達があったのはしばらくしてからの事だ。

正式に会津藩御預りとなった壬生浪士組は、懇親を深める為に会津藩と壬生浪士組で、酒宴を開こうと達しが来たのである。

「谷さん、実は会津藩公用方の広沢様より、浪士組と親睦を深めたいと言われたのですが、どうおもてなしをすれば良いのか…」

勇は谷右京に相談した。
年の功だろうか、右京は良い提案をいつもくれるのだ。

「壬生村といえば壬生狂言。
近藤さんが宿泊している八木さんの所は筆頭宗家です。
八木さんにお願いして、壬生狂言を披露するというのはどうでしょうか」

「壬生狂言ですか、なるほど!」

「会津中将様も昨年にこちらに参ったばかり。
おそらく壬生狂言を会津の方々は見た事がない」

壬生狂言はゑんま堂狂言、嵯峨大念仏狂言(さがだいねんぶつきょうげん)と合わせて、京の三大狂言に数えられている。
広沢に壬生狂言の鑑賞をしないか、と提案すると広沢や会津藩兵達は喜んだ。

「壬生さんのカンデンデンを観れるのは楽しみだ」

“壬生さんのカンデンデン”とは壬生狂言の太鼓と囃子の鉦の音にちなむ愛称である。
さっそく勇と谷は、源之丞に問い合わせた。

「壬生狂言を演技していただけないでしょうか」

「なんどすか、羽織の次は壬生狂言どすか。
近藤はん、浪士組の皆はんに壬生狂言は伝わるのどすか?」

八木源之丞はそう言い、煙管を咥えた。
何より来月には春の大念佛会が控えている。
その時に行う炮烙割(ほうらくわり)という演目は源之丞も必見だと言い、源之丞は来月まで待てへんのか、と聞いた。

 壬生浪士組の前身、浪士組は初めは三ヶ月程の期間で駐屯すると聞いており、それまでなら多少の我儘も聞いて気分良く帰ってもらおうと源之丞たち壬生の人々は思っていたのだが、会津藩御預りとなって、いつになったら壬生村から江戸に帰るのかは源之丞しかり勇達にも目星がつかなかった。

「実は会津藩の方々も楽しみにしておられまして」

「京都守護職様がお見えになるんどすか?
そないなら話は別や。
喜んで壬生狂言を演じますよ」

源之丞はそう言い、立ち上がった。
まさか自分の演じる壬生狂言が会津藩の人々の目にとまるとは思ってもいなかった。

それから日程を調整し、三月二十五日に壬生寺にて壬生狂言を執り行う事と決まった。

< 176 / 287 >

この作品をシェア

pagetop