鬼の生き様

 大坂を出立しようとした時に、甘味処に寄って行こうという事になり、一軒の店に入って行くと井上源三郎の兄であり八王子千人同心の井上松五郎が先客として汁粉を食べていた。

「なんだい近藤先生ではないか!
大坂に来ていたのかね」

偶然の再会に驚きを隠せなかったが、勇は松五郎に挨拶をし、

「えぇ、今から京へ戻るところです」

と言うと、源三郎によく似た優しい笑顔で松五郎はそうかそうか、と笑った。
今、面白いものをやっているぜ、と松五郎は卓に目配せをすると、客の視線は一人の男に釘付けになっていた。

 食べた汁粉は数知れず、器が何段にも重なっている。

体重四十五貫(約168kg)ほどある巨漢の男の大食いが披露されていたのである。

「すげえな」

歳三は思わず本音がポロリと漏れると、また総司がふざけたように「私もやってみようかな」と笑った。

「やめとけ」

歳三と総司は二人でそんな会話をしていたが、甘党の総司でさえもあんなには喰えないだろう。
歳三は見ているだけでも、胃がムカムカとし気分が悪くなった。

「すげえべ。 もう小半刻(30分)は黙々と食べ続けているぞ」

「ははっ、江戸にいた頃にもあれほど食う男がいたな」

永倉はそう大きな笑い声を上げながら、汁粉を頼んだ。
「やっぱりそうだ!」
巨漢の男は突然声を上げて、永倉のもとへとやって来た。

「永倉さんじゃねえか!」

巨漢の男は立っても身の丈六尺(約180cm)もある大男で、まるで力士のような男であった。

「島田か!?」

その男、永倉が言う江戸にいた甘党の男、島田魁という男であった。
永倉が修行をしていた時に江戸の心行刀流の坪内主馬道場にて師範代を務めていた時があり、その時にいた門人であった。

「久しぶりだなァ。元気にしてたかい?」

「永倉さんこそ!」

二人は再会を喜びあい、今では京坂で浪人をしているという。
この甘味処は馴染みの店らしく、よく大食いをして客を盛り上がらせていた。
腕の立つ島田を壬生浪士組に誘うと、島田は喜んで入隊した。

「近藤勇さんといえば、永倉さんがよくお話をしてくれた市ヶ谷甲良町にある天然理心流の試衛館道場の四代目。
生まれはたしか武州多摩郡の上石原村で、十五の時に盗賊退治をして、剣の腕前を見込まれて近藤家の養子になった方ですよね」

永倉が一度話した事を、島田はよく覚えている。
ずば抜けた記憶力の持ち主である。

「こいつはね、学はないが物覚えが凄まじいのですよ」

歳三は、ほほうと言った。
(監察方に向いているな)
島田は入隊してすぐに諸士調役兼監察(しょししらべやくけんかんさつ)という任についた。

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