鬼の生き様
「誰?」
トモは人影に向かって声をかけた。
ガサゴソと犬柘植(イヌツゲ)の垣根から人影が見え、ノブはとっさにトモを守るように身構えた。
「…父上様をお呼びになさって」
ノブは怪しい人物に聞かれぬよう、トモに耳打ちをした。
幼いトモもさすがに状況を把握したのか、こっそりとノブの側を離れ屋敷内へと入っていった。
「出てきなさい」
ノブは肝の据わったような、感情を殺した声で言い放つと、怪しい人物はふらふらと立ち上がり犬柘植の垣根から姿を現しノブを見つめた。
まだ子供だ。
泥だらけで、手拭いを頭に巻き、痩せこけている少年は疲弊しきった表情を浮かべ、ただ何も言わずに黙ってノブを見ている。
その目は喜びも怒りも悲しみも楽しみさえも、なにも感じられない“無”そのものである。
二人の間には仲夏の暑さも忘れてしまいそうなほど、緊張が森の樹々のようにびっしりと立ち込めていた。
しばらく対峙が続いたが、ようやく少年は掠れた声を振り絞って、
「佐藤彦五郎様はいらっしゃいますか?
御主人様にお目にかかりたいです」
と少年は低声(こごえ)でそう言った。
いわくありげな少年を見て、ノブはなにか心当たりがある節があるのか、中庭へまわすことにした。