鬼の生き様


「長州藩、それに薩摩、土佐の一部の過激派は、『天誅』と称する暗殺をこの京でおおっぴらに行うことで、反対する公家の恐怖を煽っているのだ。
事実、彼らの意見は、朝廷を通して幕政に影響を及ぼし始めている。
外様大名が、国政に口出しすることなど前代未聞であるし、あってはならんことだと一橋慶喜公も懸念しておられる。
そちらの役目は、単に京の治安を守る以上の意味があることを覚えておいてもらいたい」

「京の町を守ることは文字通り幕府をお護りすることにも通じると言うわけですな」

新見がしたり顔でうなずく。

「新見の奴、いつにもまして口数が多いな。
おべっかばかり使いやがって」

永倉が苦虫を噛かみ潰つぶしたような顔で、山南に耳打ちした。

「しかし永倉くん、大樹公の思惑を置き去りに、彼ら攘夷派が声高に叫ぶ列強との決戦は、まるで既定路線の一人歩きを始めつつある」

「どういうことです?」

「諸藩はすでに戦に備えて兵糧の備蓄に走っているようです。このところの米相場の高騰はそのせいでしょう」

「米が高えのは困っちまうな。
俺たちが奴らをひとりぶった斬るたびに米の値段が下がるんなら、俺は喜んで過激な連中を叩っ斬ってやるぜ」

左之助は二人の会話に口を挟んだ。

「そういうことではありません。
ただ、この国に住む人間は、好き嫌いに関わらず、すでに皆さん攘夷騒動の渦中に巻き込まれてるということです」

「どいつもこいつも勇ましいこったな。
この国にゃ、身体を張って戦を止めようってぇ殊勝な殿様や目付は一人もいないのかね」

永倉は親藩の前当主でもある容保に気兼ねしてか、声を潜めて毒づいた。

「いたとしてもだ。
このご時勢、そんな奴らが、いつまでも生かしといてもらえるわけがねえだろ」

汗を拭きながら席に戻って来た歳三が、さも愉快げに巷の天誅騒ぎを皮肉ると、総司がその意見にすかさず便乗した。

「やるかやられるか。
分かりやすくていいじゃないですか。
まぁ私はやられませんけどね」

総司は微笑みながら言った。

 いつの時代も、外圧に弱腰の政治家に対して世間の風当たりは厳しい。
ましてや、当事者意識のない国民が無責任に「ヤレ、ヤレ」と囃し立てる時代ではなく、自ら切り込む覚悟でいるのだから、なおのことだ。


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