鬼の生き様
休息所を探している最中に、新地の蜆橋(しじみばし)に差し掛かったのだが、其処へ通りかかったのが小野川部屋の力士、熊川熊次郎(くまがわくまじろう)。
反対側からやってきて道をふさぐような恰好になった。
芹沢が「端へ寄りたまえ」と声をかけたが、壬生浪士組の面々はその時、稽古着に脇差だけの軽装だったので、熊川の方もただの浪士と芹沢達を蔑むように見た。
「寄れとは何や!」
熊次郎はそう言うと、芹沢は一刻も早くに斎藤を休ませてやりたかった。
一向に退く気配のない熊次郎を見て、芹沢は怒り心頭。
「もう一度言う、往来の邪魔だ。どけ」
「どかん」
「会津藩御預り壬生浪士組、筆頭局長芹沢鴨と知っての狼藉か?」
熊次郎は壬生浪士組なんて名前は知らなかった。
「知らんがな。鴨は大人しく川でネギでも持ってんさい」
総司は思わず噴き出したが、これに怒った芹沢は、熊川を一瞬の抜打で斬り捨ててしまったのだ。
(…なんて人だ)
今までただの酔っ払いの面倒のかかる人だと思っていたが、芹沢は分厚い力士の肉塊を打刀ではなく脇差で一刀両断してしまったのである。
芹沢鴨の狂気を初めて見た瞬間である。
脇差についた血脂を熊次郎の袴で拭い取り、鞘に納めて芹沢は斎藤の体調を気遣った。
「先を急ごう」
その後進もうとすると、熊次郎と同門の力士が通せん坊をした。
熊次郎の仇を打たんばかりに、力士は巨大な身体で壁を作っている。
「まずいですね。
芹沢さんがもう斬らぬようにしなくては」
山南はそう言うと真っ先に飛び掛り、その場で力士を引き倒した。
「武士に向かって同じ無礼をやるとは言語道断。
とても命を助けるではないが、特別にそのほうは許してつかわす。
先程も無礼した力士を切り捨てたばかりだ。相撲取一同へ、以後武士に無礼するなと伝えよ」
と芹沢は言い捨てて立ち去った。
「これは大きな騒ぎになるぞ」
斃れた熊川熊次郎を見て、山南はそう言い固唾を飲み込んだ。