鬼の生き様
ちょっと来い、と佐伯は言うと愛次郎は佐伯のもとへと近寄った。
「ここだけの話やで」
月明かりにぼんやりと照らされる佐伯の顔はどことなく不気味で、話も深刻なもののような気がして愛次郎は背筋を伸ばした。
「芹沢先生がな、お前の女を気に入ったらしく、『あぐりをワシによこせ』そう言っているのを聞いてしまったんや」
進退窮まった愛次郎は目を泳がせた。
「お前も見たやろ芹沢先生の見世物小屋での大暴れ。
あれだけやない、お梅の姐さんだって借金取りに来たのを無理矢理手篭めにしてしもうたんやで」
__狂ってる。
佐伯がそう言った言葉はもはや耳に入らずに、(あの人ならやりかねん)と芹沢の粗略さというのが愛次郎の頭の中に絶え間なく走馬灯のごとくよぎった。
佐伯は愛次郎の肩を掴み、小声で言った。
「こうなったら、あぐりを連れて逃げるしかないで」
万に一つ、見つかって連れ戻されてしまったら、死を免れることはできないだろう。
しかしいくら筆頭局長が相手であろうと、愛次郎が心の底から慕情を抱きあっているあぐりを芹沢に受け渡すつもりなど毛頭ない。
佐伯の言う通り、あぐりを傷物にしない為には、壬生浪士組を脱して駆け落ち同然、共に京を離れて姿をくらませるしかない。
決断の時が迫っていた。
「愛次郎、俺はな、あんたには生き延びてもらいたいんや。
一人だとなにかと不安やろ?わしが脱走を手伝ってやる」
佐伯の言葉に愛次郎は深い感謝を感じ、頭を下げた。