鬼の生き様


「君たちが長州の者達と今もなお通じている事は知っているよ」

 飲み屋に来て酒が来るなり新見はそう言うと、御倉は間者だという事が気付かれてギョッとしたような表情を浮かべた。

「案ずるな、きっと近藤や土方はその事に気が付いてはいない」

新見は徳利を荒木田に傾けた。

「長州では誰が一番腕が立つ?」

口を出したら、認めた事になるだろう。
越後三郎も松井竜三郎も顔面蒼白といった顔である。

「なにが目的でありますか」

御倉は鋭い眼光で新見を射抜いた。

「俺はね、攘夷の魁たらんと京まで来た。
俺や芹沢先生はどの藩より敬天愛人、尊皇攘夷の思想を強く教えられ育ててきた気高き水戸の人間である」

「ほう、勤皇の志をもって会津…いや、幕府の犬となって働く壬生浪士組にいるというのは、奇なり新見局長……」

「俺達は元を正せば、水戸天狗党の人間だ。
近藤や土方なぞ多摩の百姓にすぎない。
俺達以外の人間にその崇高な役目はできん。
近藤、土方と精忠浪士組を牛耳る両人を斬って、我等は尊皇攘夷の魁になってやるのだ」

ほほう、と荒木田は口元を緩ませた。
つまり新見は芹沢を筆頭に壬生浪士組を尊皇攘夷倒幕派に傾けようとしているのだ。

「お前さんはおっかない御仁だ」

「金子は用意してある。分かるよな」

新見は先程、強請って手に入れた金を御倉に見せた。

「我らとて、壬生浪士組を壊すのが本懐よ。
こいつだって、そうだ」

荒木田は美少年、楠小十郎の背中をポンポンと叩いた。
楠は申し訳なさそうに頭をぺこりとし、否定をしない。
なんと、この楠小十郎も長州の間者として、御倉や荒木田より先に壬生浪士組に潜入していた。

「この時期で刺客が長州だとまずい。
あの男がいいだろう…ヒラクチの彦斎」

斬ってくれればなんでもいい。
新見はさっそく『ヒラクチの彦斎』と会う手筈を踏んだ。

 その日の晩、松井が部屋へとやってきて、明日、牛ノ刻(12時)に同じ祇園の登楼で落ち合う事となった。
相撲興行は七日にかけて行われる。
明日は比較的動きやすい日だ。

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