鬼の生き様
「所帯を持とうと思ってな」
芹沢は少し恥ずかしそうにそう言うと、隣に座るお梅はぺこりと頭を下げた。
京都西陣に生まれ、島原のお茶屋にいたといわれるお梅は、太物問屋の菱屋太兵衛のに身請けされていた。
年の頃は二十二歳と若く、なにより愛想のいい可愛らしい女性である。
菱屋から未払いのまま買い物をし続けていた芹沢に、痺れを切らした菱屋がたびたび催促するもその借金が払われる事はなかった。
しつこく催促することで芹沢との諍いを恐れた菱屋は、女ならばあたりも柔らかろうとお梅を催促へやったのが出会いのきっかけである。
はじめ何度かは芹沢に追い返されたが、ある日、借金の催促に来ると芹沢に部屋に連れ込まれ手ごめにされてしまったのだが、最初は嫌がっていたお梅も、そのうちに自分から芹沢の元へ通うようになった。
新見錦の亡き後、芹沢の心を十分に埋め癒してくれたのは、このお梅の存在だったのは間違いないだろう。
(こんな時でなけりゃ、素直に祝福できたのに…)
歳三は胸の奥がグッと熱くなり、今にも溜まっていたモノが溢れ出そうになった。
芹沢は照れ臭そうに笑い、お梅と見つめ合っていた。
歳三は唇を噛み締めて、部屋から出て行った。
「土方は具合が悪いのか?」
芹沢は浮かない表情を浮かべる歳三の気をかけると、事情を知らない総司は子供のように悪戯っぽく笑った。
「多分ね、お梅さんみたいな別嬪さんと所帯を持つ事が羨ましくてやっかんでるんですよ」
なんだそうか、と芹沢と総司は大笑いをした。
歳三は部屋に戻ると何度も床を殴った。
どうしようもできない心の葛藤が、荊のように突き刺さり、歳三は遣る瀬無い気持ちでいっぱいとなった。
芹沢が今、幸せの真っ只中にいる事は間違いない。
真っ直ぐな性格の勇は、きっと松平容保に直々に、芹沢の始末の件に関して断りを申し入れに行くだろう。
そうなれば、もしかしたら勇が会津に殺される可能性だってある。
──鬼になる。
(芹沢を斬る)
覚悟は決まった。
心の中に大胆な決心が稲妻のように閃き渡った。
上洛した時から決めていた近藤勇を大名にする覚悟。
(こんなところで勝っちゃんを死なせるわけにはいかねえ)
かの諸葛亮孔明も泣いて馬謖を斬った。
誰がどんな噂を立てようと、何を言われようと、断崖から突き落とされようとも構わない。