鬼の生き様
手植えの矢竹
亀店を辞めた後、石田村の実家へと戻ろうとしたが、また喜六に小言を言われるだろうと思い、向かった先は日野宿にある佐藤彦五郎邸であった。
歳三の実姉、ノブが彦五郎に嫁いでからは、よく通うようになっていた。
祝言をあげてからノブは名を改めトクとなっている。
歳三が亀店から戻ってきても、彦五郎は何も聞かなかった。
奉公先での出来事は聞かれたくないから、都合がいい。
トクは腫れ上がった歳三の顔を手当てしている。
「今回もまた喧嘩でもしたの?」
トクはそう言うが、歳三は機嫌が悪そうに、別に、と言うだけでそっぽを向いた。
手当ても終わり仏間へと向かえば、仏壇にはまだ綺麗な位牌が祀られている。
嘉永二年(1849年)一月十八日に日野宿を焼く〝染めっ火事〟が起きた。
その時に、混乱に乗じて名主の彦五郎の命を狙う盗人が彦五郎の母、佐藤マサを斬殺するという悲劇があったのだ。
マサは歳三の父・隼人の妹で、歳三にとっては叔母にあたる人物。
新しい位牌は、そのマサのものである。
「もう三年近くになるのね」
トクはそう言うと、深い溜息をついた。
もう日が暮れて六ツ半となっていた。
夕暮れの空を見ながら、虚無にかられた歳三は喜六の顔を思い返し溜息を吐いた。
実家へ帰れば、叱言を言われる事は明白で、今の精神状況では帰りたくない。
この日は泊まっていくことと決めた。