鬼の生き様
薬の行商
「勝っちゃん、俺ァしばらく実家の手伝いをする事になった。
しばらく試衛館に顔出せねえから、悪いが、迷惑かけねえ為に、除名しといてくれ」
天然理心流は他流試合は御法度だと前に源三郎から聞いた。
実際には他流試合は禁止されていないが、喧嘩早い歳三が、道場に迷惑をかけないようにと源三郎が釘を刺したのである。
天然理心流に籍を残したまま武者修行をすれば、いずれ道場に迷惑をかける時がくるだろうと思い、試衛館から歳三は立ち去った。
その後の数年間、歳三の消息は歴史にない。
(絶対に強くなって、勝っちゃん、そして惣次郎に勝てる腕前になって帰ってやるから、それまで待ってろ)
歳三の決心は固かった。
薬屋として一生を終えるつもりなどは、毛頭なく、武士になる為、強くなる為の行商である。
石田散薬と佐藤家に伝わる家伝薬の虚労散薬の行商が始まり、歳三は丸に山の家紋が染められた薬箱のつづらを背中に背負い武州各地と相州、甲州の顧客を訪ね、配給して回っていた。
その薬売りの姿というのも、ただ売り歩くのではなく、つづらの上には剣術道具が一式くくりつけられている異様な風体である。
「ごめんくださいやし。薬屋でございます」
歳三は道場を訪ねると、大抵は道場主から相手にされない。
「薬売りに用はない。他所でやってくれまいか」
そう言われようと、引く事を歳三はしなかった。
「それでは一試合させて頂けませんか。
「そのつもりはござらん」
「逃げるのですか?」
「逃げる?」
ニヒルな笑みを浮かべながら、歳三は道場主を挑発をする。
「一介の薬売りと試合をして、負けるのが怖くて逃げるのですね」
そう言われてしまえば、道場の面子を立てるためにも試合をせざるを得なくなる。
歳三は「戦わずして逃げた道場と噂を流しますぞ」と道場を立ち去ろうとすると、道場は歳三を呼び止め、試合を行うのであった。
無論、ここでも同じである。