鬼の生き様
「それまで!」
師範が試合を止めた。
勝者を表す手は歳三に挙げられた。
面を外すと、歳三はぺこりと頭を下げた。
「良い勉強になりました。
それでは、これにて失礼させて頂きます」
薬を売らずに帰ろうとする歳三を、道場の者達は怪訝な表情で見ている。
「あの薬屋、売る気はないらしいな」
「もしや、他の道場にここで勝ったと言いふらすつもりでは…」
変な勘ぐりを門人達は繰り返していた。
歳三は聞こえないふりをしながら、防具を纏めて、つづらにくくりつけ、「それでは、是非また御教示よろしくお願い致します」と道場主に挨拶をすると、「お待ちなされ」と歳三を引きとめた。
別室に案内され茶を出され、客人としてもてなしてくるのは、どこも同じである。
「いやぁ、お強い。流派は何処で」
「いえ、自己流で鍛えました」
天然理心流とは口が裂けても言えない。
その為にも試衛館を辞めてきたのだ。
「これを納めてください」
荒々しい歳三の腕前は、剣術の流派ではなく喧嘩で鍛え上げたのだろう、と疑いもしなかった。
道場主は袱紗を手渡した。
口止め料のつもりなのだろう。
「私は武芸者です。
このような金は受け取れません」
「頼みますから」
「私はただの薬屋です。道場破りのような真似は致しません。
ただ純粋に行商のついでに剣術の腕を鍛えたく、こうして参っただけなのですが…」
そう言うと歳三はしばらくして思い留まったように道場主を見た。
「しかし、せっかくの御好意をお返しするのは失礼になりますね」
と袱紗を不躾に開き、いくら包んであるのかを確認するのだ。
そしてつづらを開き、金額ぶんの石田散薬を取り出した。
「それではお買い上げという形にさせて頂きやす。
服用の際は熱燗でお飲みください」
歳三は再び荷物を纏めて頭を下げ、道場を出た。