鬼の生き様
「こんな寒空の下で何やってんだ。
風邪ひくぞ惣次郎」
歳三の声に惣次郎は振り返ったが、また何も言わずにボンヤリと空を見上げていた。
「トシさん、トシさん」
微かに聞こえる小さな声、その主を見てみると源三郎がそこにはいた。
歳三は源三郎のもとへと向かうと「惣次郎は今、落ち込んでいるのです」という。
天真爛漫、いつも底抜けの明るさで笑ってばかりいる惣次郎が神妙な顔をしているのは、試衛館に入門して以来、初めて見た。
なにより、惣次郎が何かを考え込むようなタマではないだろう。
「まさか、女にでも惚れたか?」
「いや、惣次郎に好きな女はいません。
しかし惣次郎の事を慕っている女性はいるようなんですがね…」
おっと口が滑った、とでも言うように源三郎は手で慌てて口を塞いだが、歳三もその事は気付いている。
試衛館で手伝いをしている男勝りな女が、惣次郎の前になると急に〝女〟となる。
歳三は二人の行く末をにやにやと見守っているが、どうやら進展はないらしい。
「実は今、近藤先生と一緒に酒を酌み交わしている男がいるのですが、その方に惣次郎が試合で負けたのです」
(惣次郎が負けた?)
負け知らずの惣次郎から勝った男。
それだけでも歳三の興味は湧いた。
「道場破りかい?」
「いや、どうやら違うみたいなんだ。
まぁ、近藤先生との試合では近藤先生が勝ったんだが、惣次郎はずっとあんな状態です」
負けを知って初めて強さを知る。
惣次郎にとって良い薬かもしれない。
覚庵のもとで書を学んで、肝心な試合をこの目で見れなかった事を歳三は悔やんだ。