鬼の生き様
この大老暗殺事件“桜田門外の変”が、黒船来航より揺らぎ始めていた幕府の権威を失墜させ、幕末の世を血で血を洗う動乱の渦へと向かわせることとなる。
この事件はすぐに江戸中の噂となり、歳三達の耳にも入ってきた。
噂を聞いた歳三と勇、そして山南は見に行くと、大勢の人だかりが出来ていた。
真っ白な雪を赤黒く染め、斃れる浪人達。
歳三達のすぐ近くにはその惨憺なる光景をつまみに酒を呑んでいる者もいた。
「天地がひっくり返りましたね。
目の前に転がる屍は、何も特別な人間ではなく、我々と同じ名もなき侍達です」
山南の言葉に歳三は頷いた。
「これから日本は大きな時代のうねりをあげるだろう。
勝っちゃん、俺達もこいつらみたいに先の世に残る様なでかい事しようぜ」
「あぁ、そうだな」
歴史が動く瞬間に立ち会っている。
そう思うと、何も成し遂げていない自分が悔しかった。
「尽忠報国の士、天晴なり!」
突然一声をあげる男がいた。
隣で酒を喰らっていた色白で少しでっぷりとした背の高い男である。
「無礼ではないですか!」
思わず勇は声を荒げると、男は勇を睨みつけた。
濁った目に不気味な光を湛えている。
「水戸脱藩の浪士達が一死をもって闘ったんだぜ、同郷のよしみってぇもんだい」
ツンと匂う酒の臭いに歳三は思わず鼻をつまんだ。
結構呑んでいるようだ。
「水戸脱藩、芹沢鴨。
一度聞いたら忘れねえだろう」
芹沢鴨、男はそう言うと三百匁はあるであろう大鉄扇で自分の肩をトントンと叩いた。
その鉄扇には〝盡忠報國之士 芹澤鴨〟と刻まれている。
「試衛館の近藤勇です」
「ほう、確か甲良町にある道場だったかね。
こんな時勢、また会う事があるやもしれん」
芹沢はそう言うと見物人達を乱暴に押し分け、帰って行った。
芹沢鴨。
出来る事なら関わりは持ちたくないな、と歳三や勇、山南は思いながら、立ち去って行く芹沢の後ろ姿をじっと見つめていた。
幕府はこの事件を忌み、安政から万延へと改元したのである。