それもまた一つの選択
俺自身、しばらくバイクに乗っていなかった。
忙しすぎて、すっかり遠ざかっていたバイク。
久々に拓海君と寒空の下、プチツーリングを楽しんで心が軽くなった気がする。

「藤野さん、楽しそうでしたね」

人気の少ない道の駅で休憩をすると拓海君の開口一番がそれだった。

「久しぶりだったからねえ」

今年は…色々とありすぎて乗っていなかった。
会社の事も、遥の事も。

「藤野さん、また時々でいいから乗ってくださいね。
バイクもその方が嬉しいと思います」

さすがはバイク屋の息子。
営業が上手い。

「…でも、これからはますます忙しくなりますね」

拓海君はそっと、自分の右手を見つめる。
さっき、遥のお腹を触った感触でも思い出したのだろうか。

「いいなあ」

そんな切なそうな目をこっちに向けるなー!!
拓海君が言いたい事、何となく想像が出来る。

「そう思うんですけどね。
でも、本当にこのまま進んでも…きっと僕は」

「彼女を幸せには出来ない?」

思わず、言ってしまった。
拓海君は目を丸くして驚いていたがやがて苦笑いをしてゆっくりと頷いた。

「僕は夢しかこの腕に抱いていません。
夢だけでは…彼女を幸せには出来ない事は十分わかっています。
それでも突き進むしかない、彼女の望みを叶えるならば」

拓海君は目を閉じた。
人懐っこい顔なのに今は苦渋に満ちている。

「…結婚するならばこんな生活なんて止めないと。
キチンと地に足を付けて働かないと。
レース出るだけでどれだけのお金が掛かるか。
妻と子の生活を考えるならば…いつまでもそんな事は続けていられない。
それで生きていける人なんて、本当に一握りの人間なんだ」

胸に突き刺さるよ、それ。

「俺は…確かにお金には不自由しないかもしれない、今のところはね」

誰にも話したことがない、胸の内を教えてあげる。
拓海君に伝わるかどうかわからないが。

「そうだな…俺、15歳でいきなり大金を手にして。
周りは羨ましがっていた。
タカってくる大人もいっぱい。
でも、俺の心はね。
何も満たされていない。
成功するまでは家も貧乏だし。
俺の知識はあまりにも専門的で周りの同級生は俺をオタクだと言った。
別にそれに関してはその通りだと思うので何も思わない。
ただ、想像もできないお金を手にして人の汚さをいっぱい見たんだ」

本当にね、人間嫌いになるくらい寄ってきて。
それまで、お前たちは俺の事を蔑んでいたじゃないか。
なのになぜ、掌をコロッと変えるんだ?

「自分で稼ぎ出したお金は誰にも渡さない。そう思っていたんだ」

君に会うまでは。
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