それもまた一つの選択
「高校に入学して、何となくバイクの免許を取って、何となくバイク屋さんに入ったのが君のお父さんが経営しているお店。
みんな、親切に教えてくれて。
たまたま店員さんが誘ってくれたレースで初めて拓海君を見たんだ。
まだ中学生の君を」

目が、キラキラしていた。
本当に楽しそうにバイクに乗って。

「あ…あの時」

拓海君、苦笑いをしている。

「お金が尽きたので来年はレース出ません」

また、その言葉を拓海君から聞いて俺は吹き出した。
そうだね、初対面でいきなりそんな事を言うんだもの。
強烈なインパクトだった。
でも、素直でいいなって思った。

「僕はまだ、親の援助がないとレースに出られない状態なんで…。
父さんが会社の運営上、どうしてもお店の方に資金を出さないといけなくなって次の1年は我慢しろって言われてたんです」

そのキラキラした目が見られなくなるのは寂しい。
そう思った瞬間。

「じゃあ、俺が出してあげる。どれくらい必要?」

という言葉が口から勝手に出ていた。

親戚からの無心は無視したのに。
彼は俺の心を掴んで離さなかった。
初めて、他人の為に自分のお金を使ったんだ。

その投資は実りつつある、と思う。

「だからさ、レースの資金は悩まなくていいよ。
拓海君が自分らしい走りを見せて、みんなを喜ばせてくれたらそれでいい」

一瞬、笑ったけど。
すぐに曇るその表情。

「…ありがとうございます」

そうお礼を述べるが、拓海君の表情は曇ったまま。

「僕…真由ちゃんの事は好きです」

でも、君のその目は…。

「ずっと一緒にいたいです。
でも、迷うんです。
このまま彼女の言うとおり、結婚に突き進んでいいのか?って」

確かにね。
まだ早い気がする。

「藤野さんみたいに自分で働いてきちんと稼いで、なら僕も結婚する方向に進むと思います。
僕は高校を卒業しても親の元で働いて…何も自立なんて出来ない状態で…」

唇を噛みしめる彼の肩をポンと叩いた。

「親元で働いたとしても、いづれは継ぐんだろ?
じゃあ、しばらくは修行だよね?
自立出来ない、じゃないよ。
修行だよ、君が今後、ライダーとして生きていくにしても、バイク屋さんの店員として生きていくにしても。
親元でしっかりと学ぶことだって大事だよ?」

俺にはそういう親がいなかったから。
それは羨ましいけどね。

「ただ、彼女との結婚、それだけ迷っているなら一旦、間を置くのも手だと思うよ」

意外だったのか、拓海君は目を丸くして顔を上げた。

「そんな状態で結婚しても上手くいくとは思えない。
…拓海君の気持ちが離れてしまいそうな気がする」

しかもそれはそんな遠くない未来で。

「拓海君のその不安な気持ちを素直にぶつけてみたら?
もし彼女がそれを受け入れられないならそこまでだと思う、残念だけど」

そんな偉そうな口を叩く俺だけど。
まだ、正式には遥とは入籍していない。
式だけは…形だけ秋に挙げたが。
それでも、拓海君の思うような不安は俺にはない。
だから自分の将来にはそれほど不安はないんだ。
会社でこの先の重圧に対しては思う事はあるがそれもまた、なるようにしかならないと思っている。

「ま、レースに関しては当分は心配しなくていいよ。
俺が全て、出してあげるから拓海君は自分たちの生活費を稼いだら良いから」

俺に言えるのはそれだけ。

「…本当にありがとうございます」

ようやく、拓海君が本来の笑みを浮かべて頷いてくれた。
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