それもまた一つの選択
拓海君の葬式等で慌ただしく年末年始は過ぎ、俺も高橋も仕事と後期試験に追われて、あっという間に2月末。

遥の卒業式の日になった。
なぜか、来賓席にいる俺。
今日、ここで卒業生に向けてのお祝いの言葉を述べなくてはいけないらしい。
昨日にそんな事を言われて大いに戸惑っている。

まあ、そのおかげで遥の卒業式を堂々と見る事が出来るけど。
という俺も2年前はここで卒業式を迎えたんだ。

そう、たった2年前。
まだ高校生だった俺。

それが今では来賓席に座っている。
不思議な感じだ。



「本日は御卒業、おめでとうございます」

挨拶の冒頭はごくありふれた言葉。

「まだこの高校を卒業して2年しか経っていない私がここで皆さんに向けて御挨拶させていただく、というのは違和感がありますがご了承願いたいと思います」

たった2歳年下の子に向ける言葉。
ずっと迷っていた。

「これから先、進学される方、就職される方。
それぞれ、違う道に進まれると思いますがここで出会った友達、というのは一生の縁かもしれません。
私が言うのもなんですが、人生良い時ばかりではありません。
本当に死にたいくらいの状況に追い込まれる時があります。
どうかそんな時は。
周りに相談してください。
大きなヒントを貰える時があります。
友達だけじゃない、親、学校の先輩後輩、会社に行けば上司、同僚、部下」

少し、息を整えた。

「周りに言う勇気も時と場合には必要かもしれません。
でも、自ら命を落とすという選択よりずっと軽い勇気です。
最初は緊張もするでしょう。
でも、声を上げてください。
みんなで考えればいい方向に向いてくると思うのです。
どんなに辛い状況でも前向きに…そう、前を向いていたらいつかは上を見つめる時が来るのです。
私がそうでした。
本当はこの学校に入れるような家庭環境でもなく、経済的にも難しい状況でした」

唯一の楽しみはパソコンに向かってプログラムを組んでいる時。
誰にも邪魔されず、自分の時間を持てた。

「自分が何となくいいな、とか好きだな、飽きがこないなという事は自分に向いている事だと思います。
それを是非、今後の生活の中で見つけていただきたい。
仕事でも趣味でも、自分を熱中させてくれる事は自分を助けてくれます。
そして周りの方々といい関係を築いていってください」

俺が言える事はこれくらい。

「最後に。
本来ならこの場所にもう一人、いるはずだった柏原拓海君の話を少しだけ」

あ、視界に拓海君の彼女が一瞬、入った。
悲しそうな顔をしている。

「彼とは旧知の仲で色々なお付き合いがありました。
年末、不慮の事故で亡くなってしまった事が本当に悔しい」

そっと体育館の天井を見つめる。

「亡くなる数日前、家に遊びに来てくれたんです。
彼はこの春から働きながら自分の夢を追いかけて…世界で活躍できるバイクのライダーになるという夢を追いかけるはずでした」

自分のこみ上げてくる感情をぐっと抑える。

「でも、実際問題は山積みで、沢山の課題を抱えていたのですが一つずつ話を聞いていくうちにだんだん表情が明るくなり、最後は吹っ切れた様子を見て私はホッとしました。
…けれど彼はもう夢を追いかけられなくなってしまった」

俺の夢も一つ、消えた。
自分の子供にバイクレースを教えてもらう、という夢。

「いずれ人は何らかの形で亡くなります。
だからどうか自ら命を絶とうなんていう事は多少脳裏をかすめたとしても絶対にしないで。
精一杯、悪あがきでも生き抜く。
それが彼にとっても供養になるのではないかと思います。
短い人生だったけれど精一杯生き抜いた彼の事、辛い時に思い出してみてください。
それは私からのお願いです」

すすり泣きがあちこちから聞こえる。
拓海君、愛されていたんだな。

「最後になりましたが改めましてご卒業おめでとうございます。
どうか幸多き人生になりますように、お祈り申し上げます」

自分の席に着いた時、こみ上げていた想いが一筋、頬を伝った。
< 107 / 119 >

この作品をシェア

pagetop