それもまた一つの選択
トキさんは黙って席から立ち上がった。

「ちょっかい?」

少しだけ、トキさんは声を大きくする。
向かい合っているのはさっきまで大声で話をしていたあのグループの、一番声の大きい人。

「それはこちらのセリフです。
人の彼女にやたらと根掘り葉掘り聞いてくるのはこの子。
…《本当に》自分の彼女なら、欲求不満にならないようにしっかりと手綱を握り締めていただきたい」

食堂内が異様な空気に包まれていた。
みんなこっちを見ている。

「彼女はあなたを一目見たくてここに来たんですよ。
会いたいから。同じ敷地内なら時々一緒にご飯食べてあげたらどうです?
わざわざ俺の彼女を使ってここに来る必要、ないと思うけど。
それとも、あなたと彼女は《そんな他人行儀な関係》?」

トキさんのブリザートが吹き荒れている。
生野さんの彼氏は苦い顔をしている。

「ちょっと失礼―!!」

そこへ割って入ってきたのは。
トレーを持った高橋さん。
身長186センチの大柄は、トキさんと生野さんの彼氏を睨み付けた。

「空気読め!!」

そう言ってドカッとトキさんの隣に座った。

「チッ」

生野さんの彼氏は舌打ちすると

「おい、かれん」

生野さんはビクッとしていた。

「ちょっとこっちへ来い」

そう言われて恐る恐るあの集団の中へ行った。

「ふーん、そういう事か」

高橋さんは一人呟いてこの食堂自慢のカレー(後からトキさんと高橋さんに聞いた)を美味しそうに食べだした。

「そういう事だな」

トキさんもそれに頷いた。

「どういう事ですか?」

平野さんが突っ込む。

「あの子、完全に遊ばれてるよなあっていう事。
友達なら、あんな奴とさっさと別れるようにアドバイスしてやりなよ」

高橋さんは平野さんにそう言った。
平野さんは少し不満そうに俯く。

「いくら言っても無理なんです。何度も裏切られているのに」

親友の意見も聞けないくらいの、『恋』なんだろうね。

「まあ、そのうち頭を思いっきり打つと思うよ。…ほら、あれ」

高橋さんはスプーンをある集団に向けた。
そこには男女混合のグループがいる。

「あの中に髪の毛長い、きつそうな女いるだろ、アイツ俺とバイト一緒だからいろいろ聞いているけど。
あれがあの男の本当の彼女」

その彼女は生野さんの事を恐ろしい目で睨んでいた。

「もう、二人はあの子の恋愛にこれ以上首を突っ込んではいけないと思う。
これ以上は知らないふりをした方が良い」

高橋さんのその口調は普段とは打って変わってシリアスだった。
それくらい、厄介な現場を私達は見てしまった、という事。
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