それもまた一つの選択
「はい、藤野でございます」

家には業務用とプライベート用の2本、電話がある。
午後6時頃、業務用が鳴り響いた。

「今井です」

その声は、遥のお父さん。
ついさっきまで遥が家にいたので何かあったのかと一瞬背中が伸びた。

「お世話になっております」

としか、言いようがない。

「都貴君、今から会えないか?」

ビジネスとは違う、少し砕けた口調を聞いて遥の事だな、とすぐにわかった。

「はい、お伺いいたします」

待ち合わせ場所が料亭と聞いてスーツを取り出す。
最近、何かとスーツで出掛ける事が多くなったな。
夕方から高橋はバイトに出掛けてしまったので万が一遅くなってしまった時の為に出掛ける旨を書いたメモをテーブルの上に置いた。

「失礼します」

料亭に着いてすぐ、個室に通された。
遥のお父さんが一人、そこにいた。

「急に呼び出してすまないね」

「いえ、問題ございません」

座るように促されて席に着く。

「…今日、遥がお見合いしたそうだ」

やっぱりね~…。

「そうみたいですね」

遥のお父さんの目が少し怖い。

「途中で相手を蹴飛ばして行方不明になったらしいね」

「そうみたいですね」

駆け引きみたいだな、会社の。

「今日は色々あって会社にいたのだが妻から電話があってね。
驚いて家に帰ったのだが遥はいなくて」

それは俺の家にいたからねえ。
…なんて今は言わない。
黙って話を聞く事に。

「夕方にようやく家に帰ってきたと思ったら、男性用の服を着て帰って来たんだけど」

それは俺の服。

「遥の着てた服は?」

うん、完全にバレている。

「破り捨てました」

淡々と答える。
遥のお父さんは俺から全く視線を外さないので俺もそのまま視線を外さずに見る。

「遥を…襲ったの?」

一瞬、父親としての戸惑いが見えた。
空気に歪みが起こる。

「遥を襲ったのは…今井商事と取引のある会社のボンボンですよ」

あ、しまった。
ついつい、いつもの口調が出てしまった。
もう、いっか!!
今井商事とはシステムでの提携を文書で交わしているしな。
俺に危害が加えられても、社員には危害は加えられないだろう。

「全く、冗談じゃありません」

俺は遥から預かったボイスレコーダーを取り出した。

「聞いてもらえます?」

俺は今すぐ、これを消したいけどな。
本当に忌々しい。
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