それもまた一つの選択
「とりあえず、おめでとう」

静寂に包まれたリビングの沈黙を破ったのは高橋だった。
検査結果が出て間違いなく、妊娠している遥は複雑な表情をしていた。

「ありがとう」

遥が先に何かを言う前に俺がそうお礼を述べる。

「俺、ちょっと電話するから」

そう言って受話器を取った。

「藤野情報システム株式会社 藤野と申します」

電話の向こうから聞こえる、女性の嬉しそうな声。

「藤野様、いつもお世話になっております。
今井にお繋ぎいたしますので少々お待ちくださいませ」

世間一般は盆休み。
もちろん表向きは今井商事もそう。
でも、遥のお父さんはこう言った。

『一人でも社員が出勤しているなら出来るだけ社内にいるようにしているんだ。
そして、彼らと話出来る機会があれば話をする。それで社内の問題点が見えてくる時もあるんだ』

というわけで、俺は遠慮なく電話をしたわけ。


「都貴君、どうしたんだい?」

きっと、遥のお父さんはこの電話の意味をわかっていると思う。

「…お父さん」

初めてそう呼んだ。
勇気がいった、相当。
今、心臓がドキドキしている。

「どうした?都貴君」

そう呼んで大丈夫、そう言われた気がした。

「遥と今からお伺いしてもよろしいですか?」

「もちろん、待ってるよ」

電話を切ると遥が目に涙を溜めていた。

「トキさん、今の電話って」

俺はフーッと息を吐きながら微笑んで

「遥のお父さんだよ。今から会社に行こう」

「えっ、どうして?」

遥は嫌そうな顔をする。

「遥が妊娠したらすぐに連絡して二人で来るように言われていたから」

「トキさんちょっと待って!!」

遥の頬が膨らむ。

「お父様と…どうして連絡を取っているの?」

それは。

「遥、俺の会社は今井商事とシステム関係で提携しているんだ」

初めて教える、遥に。
遥の驚いた様子はショックなのか何なのか。
俺にはわからない。

「去年の年末からずっと水面下で進めていて、2月に正式な契約を交わしたから。
それの延長で俺と遥は真剣に付き合っている事も伝えてある」

「えー…」

遥はラグの上にぺたんと座り込んだ。

「お父様とトキさんが…」

「ごめん、黙っていたことは謝る」

遥は父親を敬遠しているところがあったから。
言わなかったんだ。

「遥、行こう」

俺は手を差し出した。
遥も仕方なく俺に手を預け、引き起こした。
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