それもまた一つの選択
悪阻が酷い時は学校に行かなくて良い。
週1で、どの教科もレポートを出す。
ただ、出席日数の関係で休めるのは50日以内。
それ以上休んだら留年。

それが学校から言い渡された最低限のルールだった。

…お腹が目立つようになったらどうするんだろ。

まだ全く出ていないお腹を見てそう思う。



「で、どうしてお父様が付いて来るの?」

トキさんの家に一旦寄ってからトキさんに送ってもらう予定だったのに。

お父様が何故か付いて来た。

「遥の住むところを見ておきたい」

えー…
先に帰っててよ。

「ただいま」

トキさんが玄関に入るなり、そう言った。
高橋さんの声が奥から聞こえた。
良かった、ちゃんといてくれた。

「おかえり…?」

私達の後ろにいるお父様を見て首を傾げる。

「あの、私の父です」

その瞬間、わかりやすいくらい高橋さんの顔色が変わる。

「いらっしゃいませ!
はじめまして、藤野君の友達で同居人の高橋と申します」

完璧なお辞儀。
チラッとお父様を見ると満足そうに頷いている。

「今日はこの家を見に来たんだ。お邪魔するね」

「どうぞ!」

高橋さんはすぐにスリッパを玄関に置いた。
そしてそのままキッチンに素早く歩いていった。

…高橋さん、いつもの高橋さんとは全然違う。



何だろう…。
お父様の会社の人を見ているみたい。

「失礼します」

リビングのソファーに座って今後の事をお父様とトキさんと話していると。
高橋さんがお茶を出してくれた。

「…高橋君は」

お父様の声に高橋さん、直立不動。

「実家に帰ると聞いたんだが」

「はい、二人がここで住むのなら僕がいる必要もないですし、逆にいたら迷惑です。
来週にでも実家に帰ります」

そんなあ~!!

「私は高橋さんの作ってくれるおにぎりが食べたい」

思わず本音が。

「そんなの、藤野に作ってもらいなよ。藤野の方が料理上手いし」

突き放さないでー!!

「じゃあ、遥や都貴君はどう思っているんだい?」

「「出ていく必要はなし」」

二人の声が重なった。
思わず吹き出す。

「一応、今後の事も考えて高橋の部屋は完全にプライベート空間です。
共有部分のこの辺りの部屋は俺のスペースですし。
俺は出ていく必要はないと思っています」

「そうか。
遥もおにぎり食べたいらしいから、出て行かないで欲しいだろう」

私は思いっきり首を前後に振った。

「高橋君、今後大学を卒業した後…まだ先の話だがどうするつもりだ?」

高橋さんは一瞬、下を向いて呼吸を整えた。

「来年から就職活動に入ります」

「どの業種を希望している?」

「僕には藤野みたいにプログラミングが出来る訳でもありません。
まだ色々と迷っています」

お父様はうんうん、と頷いていた。

「じゃあ、社会経験を学生の間に少し積んでみないか?」

お父様は微笑んでいる。
高橋さんは頭の上にはたくさんの???が浮かんでいるよう。

「もし良ければ学校が終わってから、ウチの会社でバイトしてみないか?
去年あたりから社員が定時で処理できなかった仕事の残務処理などを学生のバイトを雇ってして貰っている。
まあ、ごくわずかの人数で表立ってはしていないが。
それなりのスキルがあるようなら、そのままウチで大学卒業後、採用する方向性を打ち出しているんだ。
今はまだ、試験段階だが。
もし君が今しているバイトを辞めてこちらに来てくれるなら、私の直属、人事部の秘書課で経験を積んでみないか?」

高橋さんの全ての機能が停止したように固まった。
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