それもまた一つの選択
8月25日 月曜日 午後1時。

今井商事本社の大会議室にはズラリと並んだ本社幹部達。
その後ろにはグループ会社のトップ達。

毎月25日は今井商事のグループ会社のトップが集まって会合の名の元に盛大な飲み会がある。
その前に。
社長の会見。
その隣にはあまりにも若い、軟弱そうな男。
…少年、と言った方が良いかもしれない俺が貫録ある遥のお父さん、今井商事社長の隣に座る。
更にその隣には会長の、遥のお祖父さん。

若干20歳の若造が作ったシステム会社をグループの傘下に置く。
たかが、それだけの事で社長も会長も出てきた。

大会議室の名にふさわしいこの会場は異様な雰囲気に包まれている。

今井社長が冒頭の挨拶を簡単に済ませると本題に入った。

「今後、日本の経済界は大きく変わる。情報社会化という波にどれだけ乗れるか。
そういう点でも藤野情報システムの社員とその知識、技術は我が社にとって財産になるのです」

そんなに評価されても。
先の事なんて全く分からない。
情報化社会もいずれは頭打ちになる。
その時、どう動くか。
俺はずっと先の事を考えている。

「彼は引きこもりの人間やネガティブな人間を積極的に採用し、彼らの長所を生かして会社と共に社員の教育にも非常に熱心であり、これは我々も見習うべき姿勢であります。
今後、今井商事でも是非とも若い人材教育、育成に力を入れるべく、試験導入ではありますが学生に社会経験を積んでもらう意味で一部の業務を学生アルバイトに任せております」

ひそひそと会場から声が聞こえた。
まあ、頭のお固い人からすればそうだろうね。

「その中には将来の社長秘書になりうる金の卵も含まれております。
あと2年、大学生活が残っておりますがその後は我が社で採用する予定であります」

…高橋の事か?
お父さん、高橋の事、気に入っているからな。
アイツなら社長秘書、出来そう。
今から教育されてるんだなあ。

「さて、今後の我が社の展開といたしましては」

お父さんの視線がコチラに向いた。
とうとう、腹を括るときが来たか。

「私の中では隣に座っている藤野 都貴君をいずれは後継者に、と思っております。
人材育成にしろ、優れた経営感覚にしろ、大学生ながらも非常に優れた経営者でございます」

会場内のざわつきが一段と大きくなる。

グループ内のトップには今井家の親族がたくさんいると聞いている。
本家には遥しかいないからいずれは自分が、または自分の息子を、と思っている人たちがたくさんいるのだ。

「彼にはそれなりの教育をこれから受けて貰います。
今井商事のトップに就任する頃には誰にも文句を言わせない、そういう人間に私が育てます」

言い切ったな、社長。
物凄い怨念を前の席、あちこちから感じる。

「それにはもう一つ、理由があります。
プライベートの話になりますが、先日、我が娘、遥と藤野君は婚約いたしました。
もう2年以上の付き合いになるそうです。
彼なら娘も任せられる、会社もいずれは…だから彼が私の後継者です。」

大波乱だ。
会場内には拍手も多く響いていたが、失望の声も多く聞こえていた。

俺の人生は20歳にして自由を失った。
遥を手に入れた代償。
今までは自分の会社の社員と自分の家族を守っていける力が必要だった。
それはなんとかクリア出来た。

これからは。
今井商事というとてつもない看板を背負う事になるのだ。
まだ先の話とはいえ。

その後、挨拶をさせられたが正直、何をどう話したのかは覚えていない。
でも、会長と社長から会見後、裏で凄く褒められたのできっとそれなりの発言をしたんだろうけど。

録音でもしとけば良かった、自分の言葉。
それはその後、ふと思い出しては悔やむ事だった。

思い出すたびに遥にそれを言ったら大笑いされるんだけどね。
きっと、そんなに大したことなんて言ってないよって。
お父様達はトキさんが今井商事を背負う覚悟をチラ見せしただけでも大喜びなんだからって。

確かに、そうかもな。
じゃあそれは俺の思い上がりなんだろうな。
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