恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜
───3ヶ月が経つと、水野はもう色々なことができるようになっていた。
この期間で俺は市場調査から商品の企画、プレゼン、営業プランまでほぼ水野をそばに置いて手伝わせた。
水野は見て吸収するものが多いから、これだけで感覚は掴めてきているはずだ。
「ちょっとコーヒー飲んでくるけど、水野どうする?」
「私はもう少し資料の直しをしてます。先輩お先にどうぞ」
「おう。じゃ、行ってるぞ」
一人で休憩室に向かい、コーヒーを淹れた。
何人かここにいるが、特に話をする人でもないため挨拶だけをしてさっさと座った。
俺の見るかぎりでは、水野に対する苛めは目につかなくなってきた。
なるべく俺がそばを離れないようにしているし、なにより水野自身の仕事の実力が周知されてきたんだと思う。
「・・・あれ、」
コーヒーをすすりながらスケジュールを確認しようとしたが、手元に手帳がない。
朝、本部長に呼ばれて寄った会議室に置いてきてしまったことを思い出した。
休憩がてらスケジュールを確認するために時間をとったのに、無駄になってしまった。
「先輩!」
「おー、水野」
せっかく水野もここに来たのに、俺は席を立たなければならない。
「先輩っ、あの、先ほど本部長さんに偶然会いまして、この手帳を先輩に渡すように言われたんですが・・・これ、先輩ので合ってますか?」
「・・・ん、俺のだ。サンキュ」
茶色の皮のカバーの手帳は手元に戻ってきた。
席を立つ必要はなくなったらしい。
「本部長さんと仲良しなんですね。先輩のこと少し褒めてましたよ」
「えー、何、あの人なに言ってた?」
「手帳を忘れるなんて、桐谷さんの今年最大のウッカリだって」
「褒めてねーじゃんそれ」
「・・・でも、手帳を忘れるくらい、普通はウッカリでもなんでもないですよ。私もっともっと、今年たくさんウッカリしてますから・・・」