恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜
──結局、異動願を出せないまま、翌月第一週が過ぎようとしていた。
「先輩、一通り終わったんですが、何かお手伝いすることありますか?」
「お、早いな水野」
ルーティンの報告物と頼んでいた資料の作成を終えたらしく、水野はニコニコと俺の隣に立った。
「見てください!先輩に見せていただいた『やることリスト』、スケジュールだけじゃなくて普段から1日の仕事を細かく書き出すことにしてるんです。そしたら優先順位が見て分かるので、効率が上がりました。先輩のおかげです」
「おー!スゲーじゃん!偉いな水野」
「へへへ」
「よし、じゃあ資料取ってくるの頼んでもいいか?新しい商品のプレゼン資料作るのに、いくつか資料のデータを書庫から持ってきてほしいんだよ」
「まかせて下さい!」
「これがリストな。見つからないものは別にいいから、ある分だけ持ってきて」
「はい!」
フリスビーを投げられた子犬のように、水野は書庫へと向かっていった。
その後ろ姿を見ていると、最近はどうしても口元が緩みそうになる。水野は本当に可愛い。
異動したら、こんな風に水野と一緒にいられなくなる。
・・・別にやりたい仕事が一年先延ばしになるくらい、どうってことないんじゃないか?
今こうやって水野を育てて、毎日彼女と顔を合わせられることだって、俺にとって悪くない。
・・・そうだ。
別に、急いで異動することもないだろ。